遠隔操作事件

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遠隔操作事件について思うこと

photo-credit: syui


遠隔操作事件、ニュースでもすごく報道されていますね。ということで、ニュースを見て、遠隔操作事件について現時点で思うことを適当に書きます。


結果論で判断する危うさ



まず、この事件ついては、関係者全員が素晴らしい仕事をしたということでしょう。


警察が埋められたスマホを発見したのもそうです。素晴らしい。


また、証拠が乏しい中で起訴した検察の判断も素晴らしい。


反対に、裁判所が保釈を認めたのも素晴らしいし、弁護士が被告人の無実を信じたのも素晴らしいことだと私は考えています。


多くの刑事事件では、結果論で判断しては絶対にならないと私は考えているからです。


特に、それが関係者ではない単なる一般人であれば尚更です。


よって、この事件において、関係者を褒めるのは良いとは思いますが、誰かを批判するのは、間違いだと私は思っています。


「関係者全員が素晴らしい働きをし、より事件が明らかになってきた」というのが、この事件が辿った経緯です。


一般人が得られる情報は、非常に限られています。


例えば、警察のマスコミへのリーク情報が嘘だったこともありますし、弁護士が開いた会見が嘘だったこともあります。


つまり、関係者でもない私達は、非常に限定的な限られた情報の中で判断していくしかありません。


よって、事件を予想するのは勝手ですが、事件関係者ならまだしも、一般人が分かった口を聞いて、結果論で誰かを批判するのは、間違いだと考えます。


この事件を見ていると、強くそう感じました。


しかも、まだ裁判が確定してもいない事件なので、未だに真実はわからないものだと思っています。


結果論で判断してしまうのは、「分からない」というものが根本にある事件を語る上では、非常に危ういことだと私は考えています。


関係者



検察官



証拠が結構アレな中、起訴を判断した事自体が素晴らしいと思います(刑事訴訟法247条等)。


逮捕(憲法33条、刑事訴訟法199条)、勾留(刑事訴訟法207条1項、60条等)、起訴(刑事訴訟法247条等)など、すべての判断が正しかったとも言えると思います。


裁判官



「分からない」というものが根本にある事件では、判決が確定するまでは、無罪の推定(憲法31条、刑事訴訟法336条等)が及びます。


これは、当然のことです。


例えば、今まで数多く存在した冤罪事件を考えてみてください。


ここで言いたいのは、警察の判断が絶対的な正義でもないし、真実でもないということを意味します。


絶対的なものがあればよいのですが、そうではないわけであって、人は時に誤りを犯します。


このような事実を前提にすると、やはり、人権保障、更には、被告人の自由を出来る限り優先すべきです(憲法31条、刑事訴訟法1条)。


まだ裁判が終わっていない状態では、証拠上、被告人が犯人であると決めつけるのはおかしい訳です。


もし、裁判もなしに、被告人を犯人と決め付けるならば、そもそも裁判という制度が存在すること自体、全く意味がありません。


「何が本当かわからない」から裁判制度があるのであって、最初から真実が分かっていたら、裁判などする必要がないということです。


ここで、その時点で勾留理由がなければ、裁判所は勾留を認めてはならないと思います(刑事訴訟法207条1項、60条)。


そして、保釈とは、勾留を解く制度です。特別な事情がない限り、保釈を認めなければなりません(刑事訴訟法280条等)。


私は、あの時点では、保釈を認めた裁判官の判断は正しいものであったと思っています。


弁護士



この事件の担当弁護士は、被告人の無実を信じていたと言っています。


個人的には、これは素晴らしいことだと思います(憲法34条、37条1項、刑事訴訟法30条)。


疑うことというのは簡単ですが、信じることは意外と難しいからです。


再度、冤罪事件を例にあげますが、多くの人がなぜあんな犯人を庇うのか、頭おかしいと言われながらも、それでも、弁護士が被告人を信じ続けたからこそ、冤罪が明らかになり、被告人が救われたという例が数多く存在します。


多くの人に批判され、石を投げられてでも、一人の、しかも、庇っても何のメリットもない人間を信じ、弁護し続けるのは、並大抵のことではありません。と想像します。


普通の人間にできることではないです。


このことから、信じることがいかに大切かを思い知らされます。


例え、騙されることがあったとしても、むしろ、騙されることの方が多かったとしても(通常は、騙されることのほうが多いのですが)、それでも、人を信じた弁護士は、この事件においては、正しい行動をしたのだと私は思っています。


さらに、刑事裁判では、弁護人は、その性質上、刑事訴訟の目的である真実の発見との関係では、消極的な妨害回避義務を追うに留まるものです。


つまり、弁護士が被告人を真犯人であると確信していたとしても、証拠上無罪を主張できるし、主張すべきというのが一般的な考えではあります。


なぜ主張すべきとまで言うのかというと、弁護人の主観は必ずしも正しいとはいえないからです。(適当...


被告人



今回の事件を見ていて、もう一つ思ったのは、「犯人は必ずしも合理的な行動をとるとは限らない」ということでしょうか。


ただし、まだ裁判は確定していないし、あらゆる可能性が考えられますので、私としても何が本当なのかよくわからないと未だにそう考えています。


さらに言えば、裁判が確定したとしても、それでもわからないことは、世の中には多く存在すると思います。


ここで、あらゆる可能性とは、①被告人が誰かに弱みを握られ、操られている可能性、②機関から買収されている可能性など、考えればきりがありません。


この場合は、裁判が確定したところに、真犯人が最後のカードを投入することになる可能性があります。


ただし、私は、現時点では、被告人が真犯人である確率のほうが高いとは考えています。


しかし、この予想は、確定していませんので、やっぱり、何が起こるかわからないところではあります。


もしかしたら、今後、弁護士が犯人隠避のため協力していたことが明らかになるかもしれないし、警察側が被告人を脅して、スマホを埋めさせたことが明らかになるかもしれない...。それは分からないからです。


被害者



被害者は、かわいそうですよね。


しかし、刑事裁判は、被害者を代弁し、被告人に報復する場であってはならないので、この記事ではあえて触れないことにします。


個人的に思うのは、犯罪に巻き込まれた人や被害にあった人が、他の人よりも有利に社会復帰できる仕組みが必要ではないかと思っています。


最後になりますが、この文章は、事件についても、裁判についても何も分かっていない初心者が書いたものです。したがって、全く当てになりませんので、注意してください。