植物はどこからが死なのか


以前、植物は痛みをあまり感じないのではないかと言いました。あくまで動物と比べての話ですが。

その理由は、痛みを感じるための器官(機能)が動物に比べてそれほど高度なものではないと考えられているからです。

でも、総合的に考えて、どうなのでしょうというのはあります。

総合的というのは、例えば、動物の場合、手首を切り落とされでもしたら出血多量で死んでしまうかもしれません。でも植物の死については曖昧で、死ぬまでの痛みを合計するとどうなのだろうという話になります。

植物の場合は、切り落とされても生きていますし、たくさん攻撃されても生きています。

ここで、植物はどこからが死なのか曖昧です。動物よりも曖昧です。

例えば、人間の場合もどこからが死なのかは諸説あります。脳死説や呼吸停止説など。それでも植物よりは分かりやすいと思われます。

しかし死が曖昧というのは、死ぬまでに受けた痛みの合計では植物もそれなりに大きく感じるのではないかという考え方ができます。

ただ、私の考えとしては、その合計は人間から見ればそれほど大したものではないと考えています。

もちろん、これは植物になってみないと分かりませんが、感覚としては致命傷であっても肩をポンと叩かれる程度、もしくはそれよりもうんと弱いタッチに相当する程度のものではないかと思います。それが何度繰り返されようと、まあ、あまりダメージは受けないでしょうね。

その程度と言っては植物に失礼ですが、人間が感じることが出来る痛みより、植物が感じることが出来る痛みのほうが遥かに少ないと私は考えています。

ただ、こういう考え方ってどうなんだろうというのは自分の中ではありますね。

なんていうのか、間違ってもいないが、正しくもないというか。

例えば、「俺はこの程度の痛みなんともない」と言われても、そうではない人達もいるわけで...。

自分の尺度で考えると大したことなくても、他の人にとっては大ダメージなんてことはよくあることで、その視点で考えると、動物にとっては大したこと無くとも、植物にとっては相当なことなのかもしれません。

しかし、あえて優先順位を付けるとなると、私としては、植物よりは動物を優先すべきという結論になりますね。

もちろん、これは植物が全滅してもいいのか?などの極端な話をしたいわけではなく。

今回はそんなところで。おわり。