菜食主義と優先順位


これは以前にも話したことがあったと思うけれど、訳あってまた同じ話をすることにします。

私自身は特別菜食主義ではないけれど、菜食主義のほうが正しいと思っています。

その理由としては優先順位の話をまずしていかなければなりません。と言っても同じ話をしたことがあるので簡潔にいきます。

まず、優先順位は人間が最も高いです。なぜなら環境を形作れる能力が人間にはあるからです。これは他の生物にはありません。

しかし、もし人間が居なくなった世界、何十万年もの歳月を経て進化し、それが可能になる生物がいるかもしれません。したがって、人間が優先というのは現時点での話だと考えてください。

次に、動物を殺すか、植物を殺すかという話の優先順位です。どちらも生きているので、殺すべきではないという理屈はわかります。しかし、それは現実的ではありません。ここでは現実的な話として優先順位を付けることにします。

この優先順位は先程の環境コントロール能力と違い、痛みによって判断します。

つまり、動物として殺されるか、植物として殺されるか、どちらのほうが痛みはマシかという話です。

実は植物にも痛みは感じるようにできています。が、痛みを感じる器官(機能)は遥かに動物のほうが発達しており、植物として受ける痛みはそれほど強くないと考えられています。

したがって、私なら動物としてではなく、植物として殺される方がマシだと考えます。

このため、私は肉食主義よりは菜食主義のほうが正しいと考えています。あくまで相対評価であって、優先順位の話になりますが。

これについて、もしかしたら、完全完璧主義な人がいるかもしれません。しかし、私はそういった考え方をしません。それは現実的ではありませんから。

ただ、植物はその点で優秀ですよね。土と水と光があれば生命維持ができるのですから。捕食植物というものもありますが、それを含めないで考えると、自然エネルギーを生命維持に転換している点で「他の生命を犠牲にしない」という点で優秀です。しかし、人間は違います。人間は環境をコントロールする力がありますが、その分、たくさんの食事(太陽エネルギーなど以外の食事)が必要となります。

ここで、私個人の優先順位の話になりますが、まず環境をコントロールする能力がある人間が優先されるべきと考えています。次に、痛みを強く感じることができる生命が優先されるべきと考えています。

ただ、環境をコントロールする力を持つ生命を優先すべきですが、その力を持っているならできる限り痛みの少ない環境を構築するのが使命であると考えています。

その意味でも、肉食より菜食のほうが良いということになるでしょう。

しかし、もし人間がこれに移行するような場合は、食肉などを生業としている人々への支援も必要となると考えられ、それは次に起こる人間同士の紛争を予防する意味もあるのですが、そういう大規模な支援や保障が必要になると考えられます。

したがって、現実的なのは、自然に人々が菜食に移行するような流れを作ることだと考えます。そのためには技術革新が必要になると思われ、例えば、肉, 魚と同じ食感のものができ、それが安く手にはいり、美味しいならば、自然に人々はこちらに移行するだろうと考えられます。

したがって、基本的にはデモなどは無意味だと思います。重要なのは先程も述べましたが環境の構築です。より良い環境を構築し、より良い仕組みを作らな限り、人々が現在の環境から移行することはないし、それが実現する日は来ないでしょう。