信じる力



信じる力


なんか偉い人が信じればなんでもできるって話をしているらしく、私の考えとは全く違ったので、それについて個人的な考えを書きます。

話によると、山よ動けと命じて、それを心から信じてたら、山が動くらしい。なぜ動かないのかというと、信じることができないからだそうな。

まず、あらゆる物理法則を知らない年端のない子供、そういうのを心から信じることができる子供にやってもらったほうがいいですね。実験として。いや、別に実験でなくてもいいですが、そうなると、街中で山が動きまわりそうだなあと思います。

では、なぜ山は動かないのか。

私の考え方からすると、それは、「他の存在」であるから。

信じる力は確かに強大です。しかし、信じれば、本当に信じれば、一瞬のうちに宇宙を消滅させることも自由に作り変えることも自由自在であるとは私は考えません。

信じる力は、自分という存在の中でのみ有効なものです。

仮に、もしそれが外、例えば、半径1メートル以内(大げさに書きすぎですが、本来的には1センチもない)の世界を自在に動かせたらすごいほうだと思います。

存在の外には必ず、存在があり、存在は互いにせめぎあっています。信じることでこの領域を想いのままに拡張することなどできないというのが私の考えです。

つまり、信じることで、自分は変えられるが、他人、または他の存在を書き換えることはできないということです。

もし自分の影響で他人を操っているように見えるのなら、その場合、あくまで本人が自ら動いていているだけです。

ここで、山に動けと命じ、もし山が動いたのなら、それは、山が自ら動いたにすぎず、自分が信じて動かしたのでは全くありません。

山も存在の一つです。そして、存在の一つ一つは、自分が信じたからといって、意のままに支配し、コントロールすることはできません。

確かに、多くの人に影響を及ぼし、あたかも支配しているように見える人がいます。しかし、この場合、単に、それぞれが持つ信じる力に影響を与えただけであり、それはきっかけにすぎず、本当のところは、各々が自ら変わっていく、動いていく現象に過ぎません。