無という概念


「無」という概念というか、この言葉について感じることを書いていきたいと思います。個人的な考えというか。

まず、私はこの存在の世界には、「無」というものは存在しないと思っています。存在の世界では、常にそこには何かが存在している世界です。したがって、絶対的ゼロという数字、または無という概念、存在しえないとそんなふうに考えているのです。

多くの人が考えている「無」のイメージは私にとって、それは「無」ではありません。なぜなら、真っ暗な空間、何もない空間であっても、そこに空間があるかぎり、それは無ではないからです。それは、真っ暗な空間というものが存在している存在の世界の一部です。

したがって、私達は、本当の無というものを知りませんし、理解できません。そんなふうに考えているのです。

例えば、宇宙は無から始まったという考え方があります。なにもないところからいきなり大爆発が起きてという説明です。ビックバンというのでしょうか。

ただ、私は、宇宙の始まりが何もないところからいきなり始まったという考え方を基本的にはしません。

私は何かがあって、単にそれが広がっただけだという考え方をします。

前に説明したことがあるかもしれませんが、宇宙の始まりを私はよく創造種という言葉で表現しています。

えっと、既にこの説明したことがあった場合、再度説明するのはあまりにバカバカしく見えるので、簡潔に言います。種ってありますよね。イメージとしては植物の。で、その種を土に植えて、日光に晒し、そして水をやると、どんどん成長しますよね。あんな小さなものがこんな大きくなります。例えば、あなたがもしアリのサイズだったとして、自分と同じくらいの大きさだった種が、やがてめちゃくちゃ大きくなります。信じられないくらい大きくなります。びっくりするほどに。でもこの種ってひとりでに大きくなったものなのでしょうか。それは違いますよね。具体的には土や太陽、水があってこその成長だったのです。これは宇宙の始まりにも言えることだと私は考えています。つまり、めちゃくちゃ小さかった宇宙の始まりをもたらした種は、宇宙の外側にある世界のエネルギーによって、すくすくと育っている(現状として)。だけど、それは内部にいるものからするとわけがわからない、そんな感じの考え方です。これは一般的ではないかもしれませんし、私が勝手に言ってるだけの話ですし、私はあまり宇宙関連の本を読まないので、現在、どういった考えがあるのか知りませんけれど(興味もない)。

話を戻します。

ここで、宇宙の始まりでさえ私は無だと考えません。

なぜなら、なにもないところからは何も生まれないとそう考えているからです。

最初からなにかあった、そう考えるのです。

なので、私が考える世界観、存在の世界では、本当のゼロというものは存在せず、無というものも存在しません。

常に何かがあり(存在が)、存在が存在で有り続ける世界。そんな感じ思ってます。

おわり。