孤独を武器に


サイコパス(アニメ)では、「孤独を武器に」という趣旨のセリフがあったと記憶しているが、私はこの台詞に違和感を感じたものだった。

セリフの主は、槙島聖護(サイコパス、ゼロの人)だったし、彼は特別な人間なので、そういう立場上のアレがあったのかもしれない。

反対に、私は特別な人間でもなんでもなく、ごくごく普通の人間であり、だからこそ、「孤独を武器に戦う」みたいなセリフに違和感を感じ、理解できないのも無理はないのかもしれない。

それでも、私が思ったのは、「わざわざ孤独を武器にする必要あるのか?」ということや「そもそも戦う必要あるのか?」だった。

孤独というものは、ある意味で自分が作り出しているというものであり、または、他者からの自分に対する認識だとも言える。

私はよく一人でいることが多いし、それを好むが、自分が孤独だと思ったことは全く無かったし、寂しいと思うことは皆無だった。

こうは言ってるが、私は、自分では割と社交的に振る舞えると思っているし、何らかの集まりや最初の頃は、積極的に人と話をしたり、聞いたりすることが多かった。

しかし、その積極性は、最初だけであり、長続きしないというのが、私という人間だったし、その性質も昔から理解をしていた。

こういう人間は、話せる人はある程度いるし、すぐに作れるけど、友達と呼べる人間は一人もいないのが通常だ。そして、時間が経過すればするほど、こういう人間と他者との距離感は圧倒的に遠くなっていくと思われる。

これを周りから見れば、孤独というのだろう。

しかし、私はそれを特別視する必要性を感じない。

むしろ、多くの人はマンガやアニメ、TVに影響されすぎているのではないかとさえ思う。

友達、友情、他者との関わりが大切だとは言うけれど、それがあまりに強制され、一般化されすぎているように感じる。そして、それは私にとって、当たり前のものでもなんでもなかった。

だからこそ、一般化されすぎた関わり合いからはじき出されたものが、孤独を特別視し、武器にしようとするものさえ出てくる始末なのではないだろうか。

私は、基本的に一人で遊ぶのが好きで、一人の時間を好む。私は、基本的に沢山の人達が一緒に遊んでいるのを外から眺めるのが好きだが、一緒に遊びたいとは思わない。私は、ごく稀に、一緒に遊びたくなって仲間に入れてもらうが、次の日には一人で遊んでいる。

そういう感じの、ごくごく普通の人なので、わざわざ「孤独を武器に」する人達の考えは理解しかねる気がする。