チヨちゃんの嫁入りという百合コミック


チヨちゃんの嫁入りという百合コミックを読んでみました。

なぜかというと、その手のクラスタの方が甲乙丙で甲評価をつけていたためです。どんなものか気になりました。(というか甲乙丙という評価は独特ですね

内容は幼女とお姉さんの恋物語という感じでした。この二人は最終的には結婚?します。

こういう物語を読んでみた感想ですが、私は正直「よくわからないなー」と思いました。

...いや、こういうごまかしは良くないですね。言い直すことにしましょう。

どう言い直すのかは少し考える必要があります。

まず、私はなんで「よくわからないなー」なんて思ったんでしょうか。

私は物心ついた頃から、いつの間にか、結婚っていうのは男女間で、大人の人がやるものだってそう考えるようになっていたからでしょうね。

そして、それ以外は「よくわからない」の一言で片付けていたからです。

昔はそうじゃなかったのにな。そう、もっと単純なものだった気がします。いつの間にか忘れてしまった気持ち。

昔なら「好きだから結婚するんでしょ」そう思っていた気がします。

私は、いつの間にか、世間が考える家族、結婚、夫婦という概念が当たり前になっていて、それが前提で、人の気持ちなんて、考えなくなっていました。

この作品のキャラの気持ち。それが一番重要だったのにね。

「年齢的におかしい」、「女性同士はおかしい」、「なんか色々よく分からん」、そんなの重要じゃないんですよねー。

私はいつの間にか、人の気持ちよりも常識や世間体、慣習などのほうを重視するようになってたんだなって。

もちろん、この漫画がそこまで深い部分を考えて描かれたものだとは思いません。

だけど、自分がなんで「わからない」と最初に思ったのかを考えてみると、そういうことだったんです。ごまかしだったんです。

「よく分からない」というのは、多くの場合、ごまかしでしかありません。

自分の常識と一致しないものをこの一言で片付ける軽いけど、でも深くはない言葉です。

したがって、「よくわからない」改め、「好きだから結婚する」...それでいいじゃんというのが言い直した場合の答え。

ただし、現実的にはそれでは問題があるのも事実です。

なぜなら、結婚に年齢が決められていて、性別が決められていて、人数が決められていて、体裁が決められている理由というのは、多くの不幸を生まないための決まり事でもあると、そう考えるからです。

法律でそういうことが決められている理由は、無秩序な自由は、多くの不幸を生み出すことを未然に防ぐことでもあります。

例えば、判断能力の乏しい未成年者は法律で契約などを取り消せるとされています。これは未成年者が大人の食い物にされることを防止する効果もあります。つまり、現在の結婚という仕組みや決まり事にも意味があるということです。

しかし、これはあくまで漫画の中の話であって、「それでいいじゃん」と思いますね。

ここまで来ると、私は、この漫画の一部の描写は結婚という概念に囚われれているんじゃないかって思いました。

なんで結婚しなきゃいけないの?

この漫画では、好きだから結婚しなければならない、結婚しなければ幸せになれない、そんな意識を多少感じることがありました。

もちろん、このような結婚に向かって突き進むような描写は作品的には正しいと思います。

だって、好きだから一緒にいる、それだけではお話になりませんからね。

「困難があり、それを乗り越える」、それでこそ物語になる側面も大きいのだと思います。

この漫画を読んで、こんな感じのことを考えました。

ただ、私の場合は、百合だから燃えるということはなさそうです。燃える恋愛は燃えるただそれだけですね。そして、この作品は自分的にはあまり萌えませんでした。まあ、短いしね。やっぱり長さは重要ですよ。だって、自分が続けてきたことてやっぱり重みが違いますよね。それと同じです。もちろん、短編は萌えないという話ではなく。

とりあえず、チヨちゃんかわいいということで。おわり。