大きな音と小さな音



昨日、うるさい人の話をしたのだけど、私は、一つに「音」を使い物事を判断することがあります。

ここで、この「音」という能力?機能?指標?基準?について少しばかり紹介します。

と言っても、うるさい人は、果たしてダメなのだろうかという話になりますね。

結論から言えば、ダメじゃないです。そして、うるさい人はそれだけで能力がないということにはなりません。

例えば、世の中を変えたいという場合、大きな音、小さな音のどちらが有効だと思いますか。

基本的には、大きな音、うるさい人のほうが世の中を変えるような場合に有利であり、そして、実際に変えてきました。

世の中を変えるというのは、当然ながら一人では難しく、多くの人達に呼びかけなければなりません。

そして、多くの人に気づいてもらうには、自分の存在をアピールするには、うるさい人、大きな音などが有利です。

ここで、世の中は変わるほうが良いのか、変わらないほうが良いのかというのも内容によります。変わったほうが良い場合もあるし、変わらないほうが良い場合もある。

つまり、うるさい人も世の中には必要だと思います。要は役割の話ですね。

なので、うるさい人がそれだけでダメだというわけでは全く無いのです。

ただ、静かな人のほうが基本能力はあります。

何故かと言うと、例えば、あなたが黙々と何かをこなす場合と喚き散らす場合を考えてみてください。どちらが能力を高められますか。どちらに実質が伴いますか。

答えは、黙って何かをこなす場合のほうが、色々と効果は高いでしょう。

なので、やかましいだけの人というのは、基本、能力がなく、実質が伴わないことも多いです。

なぜなら、やかましくしていることに時間を使っているからですね。

でも、時にやかましくすることも必要です。誰も気づいてくれないことを黙々とやっていてるだけでは意味は無いからです。世の中にとっての意味ですが。どんなに素晴らしい物を作っても、売れなければ意味はありませんよね。そして、売るためには宣伝し、知ってもらうことも大切です。そのためには、時にやかましく宣伝することも必要でしょう。

つまり、これは、何がダメだという話ではなく、役割の話だという事がわかります。

「音」は、その人がどのような役割が適しているかを推し量るために役立ちます。