弱肉強食はいいことか、悪いことか

Majestic Sunrise from the Summit of Mount FujiTwitterからもらったテーマですが、弱肉強食はいいことか、悪いことかについて考えてみます。
photo credit: Sprengben [why not get a friend]



はじめに


Twitterって、こういうテーマについて、自分の立場を明確にするのも難しいし、言いたいことを伝えるのも難しいですね。今回は、Twitterからもらったテーマの「弱肉強食はいいことか、悪いことか」について考えてみたいと思います。


考えてみるといっても、自分の立場を明確にし、個人的な考えを書いていくだけですが...。


弱肉強食とは


まず、このテーマについてのキーワードは、もちろん「弱肉強食」です。ちなみに、私のブログでは、調べ物というのはほとんどやりません。よって、この用語についても調べたりしていませんので、個人的な記憶のみを頼りに考えた、あくまでも曖昧かつ個人的なものに過ぎません。その点を注意して読み進めてください。


私は、この言葉を聞いた時、生物学上の意味と人間社会でいう意味とは随分異なるなという印象を持っています。主に、魚や鳥などの生物を対象にした弱肉強食は、命のやりとりのことを想像します。これが、ここでいう生物学上の意味の弱肉強食です。


一方、人間社会でも、弱肉強食という言葉はよく使われます。この場合、一般社会観念上、命のやり取りというほどの強度なものではなく、経済的な意味合いが強いと考えられます。なぜなら、命を対象にしてしまうと、それは犯罪です。人を殺すと、殺人罪で捕まっちゃいますからね...。まあ、冗談はおいておいて次の論述に移ります。


人間社会でいう弱肉強食が悪いことなのか、いいことなのか


次は、弱肉強食に命を対象にした意味と、経済を対象にした意味の2つがあるとして、ここでは、人間社会で言う経済を対象にした弱肉強食の意味で考えることになります。では、人間社会でいう弱肉強食が悪いことなのか、いいことなのか。


私の場合、人間社会でいう弱肉強食は、競争の意味合いも強いのではないかと考えています。つまり、強いものが勝ち、弱いものが負ける。これが一種の競争原理であり、競争の結果だからです。


そして、私は、人間社会の発展には、競争は大切で、必要なものだと考えています。これは、競争原理がないと人々が堕落してしまうからです。


よって、基本的に、人間社会でいう弱肉強食はメリットというか、良い面があるのも事実と考えています。


このような思想のデメリット


しかし、競争ばかりしていれば、人間社会が良くなっていくかというと、それは違います。これも歴史が証明してくれているところであり、過去の苦い経験から学べるところであると思います。具体的には、資本主義の矛盾や欠陥というテーマあたりが参考になりそうです。


以上より、私は、基本的には競争は大切だが、競争に敗れたものにチャンスを与えることと、最低限の生活を保証することも同じくらい大切だと考えています。


そうでないと、治安は悪化し、不公平が蔓延してしまいます。これでは、実力や努力ではなく、運が勝敗を決してしまいます。これでは、発展する社会とは言いがたいのも事実です。新しく生まれてきた子供たちも、才能や努力ではなく、どの家庭に生まれたかで勝負が決まってしまうでしょうし、事件に巻き込まれる不運な人も増えるでしょう。


よって、私は、弱肉強食、つまり強いものが勝って、弱いものが負けるという競争原理も大切だけど、弱者救済も同じくらい大切なことだと思います。