良い道具は人を鼓舞するという考えについて

Adriadna今回は、良い道具は人を鼓舞するのか?について考えていきたいと思います。
photo credit: David Luzardo



はじめに


私が、以前書いた記事では、こういうことを言っています。


「道具は使い方次第。どんなに良い物を持っていても、それを使いこなせなければ意味が無い」


ここで、上のような考えへの最も予想される反論として、「道具は人を鼓舞するものだから、良い道具を手に入れることは悪いことじゃない」という考えがあります。


今回は、このような反論への個人的な考えと、自分の思考構造について書いていきたいと思います。


良い道具は人を鼓舞するのか?


確かに、良い道具は人を鼓舞することがあると思います。良い道具を持てば、やる気も出てくるし、自らを向上させるきっかけにもなるでしょう。


しかし、私は、これについて副作用の可能性を指摘します。


では、良い道具を持つことの副作用とは何か。


思うに、良い道具を持つことで、人は時に勘違いをしてしまう傾向にあると考えます。それは、強力な道具を持つことで、人は、あたかも自分の能力が向上したという錯覚を起こしてしまう危険があるからです。


そのようなこともあり、私は、自分の能力を遥かに超えた強力な道具を早い段階から手に入れることについては、できる限り慎重であるべきと考えています。


私の思考構造


私の思考は、非常に単純です。しかし、それを説明しきれていない数々の記事を見て、この点については、改めて丁寧に説明したほうがいいと考えました。よって、ここでは、私の単純な思考構造について説明していきたいと思います。


例えば、上のようなテーマでは、私は、「道具は使い方次第。どんなに良い物を持っていても、それを使いこなせなければ意味が無い」といい、一方で、「良い道具は人を鼓舞することがある」と言っています。つまり、一見して、矛盾する考えを両方支持しているのです。


以上の帰結からも分かるように、私は、自分の価値を高めるには、「①道具を使いこなすために、自分の能力向上を図ることと、②良い道具を持つこと、この2つが大切」と考えています。


しかし、以上の2つが両立できない場面では、どちらを優先すべきかというと、強力な道具を手に入れることよりも、自らの能力を向上させることだと考えます。


このように、私が記事にするテーマにおいて、私が採用する結論の多くは、このように単なる優先順位の問題であるということが多いです。ただ、単なる優先順位の問題だというと、このブログを読んで下さっている読者の方々はあまり面白くないだろうなぁと思うこともあるので、できるだけその点の説明は省略して書いてきました。


結論


では、この記事も他の記事と同様、そこら辺はぼかして結論を書いていきますね。


私は、良い道具は人を鼓舞することがあるかもしれないと考えますが、それよりも、今持てる道具を最大限利用することや、本を読んだりして、自分の能力を向上させることのほうが大切だと思っています。