最近流行りの傾向



まず、頭身。大きくて標準のが良い。小さいのはダメ。

Rewriteのような頭身はダメだと思う。けいおん、ふういんぐうぃっちなどの頭身がベストだと思う。つまり、より現実に近い感じ。

次に、髪や瞳の色など。私は今まできにしたことがなかったのだけど、これに言及する外国人の人は多い。結論から言うとカラフルさを抑えたほうが良いと思う。

それに、ふういんぐうぃっちは割りと地味めな色だったが、それでも受け入れられていたのを見ると、これで良いと思う。あまり現実離れしたカラフルさはいらない気がする。

もちろん、色々なアニメがあってよいし、作り手は自由で良いと思う。

市場なんて気にする必要はないし、そっちの方が面白い作品がでてきそうだから。

けれど、今後は上記のような傾向が強まる気がする。作風ってのは変わってくものだと思うから。過去作と現代作を比較したら、既に強まっているかもしれないけれど。


ツンデレという言葉はマニアな人達からは死語になりつつあるらしい



なんかこういう話を聞いて、そうだったんかー思った話。

私が最近見たアニメでツンデレ関連で覚えているセリフは、ネトゲの嫁のルシアンのセリフで「あいつ、ツンデレならいいけど、ツンしかないからなあー」だった。正確ではないかもだけど、そんな趣旨の話でツンデレと言う言葉は出てきていた気がする。

後はさして覚えてないけれど、例えば、かなり古い作品でいうと「冴えない彼女」とかではよく聞いたセリフだった気がする。

ツンデレと言う言葉は、私の印象としてはギャグを交えた言葉という印象を持っていた。

したがって、自分もギャグを混ぜつつキャラのタイプの話をしたい場合はこの言葉は便利に使っていた気がする。

しかし、言葉というそれ自体はさして重要ではなかったりする。自分の中では。

言葉自体は重要ではなく、要は言いたいことが伝わればそれでいいと思っている。ツンデレもその一つだ。

もちろん、人のタイプはそれぞれだ。だが、その特徴をイチから説明していると、非常に回りくどく、かつ言いたいことが簡潔に伝わらない場合がある。

そこで、個人的にはツンデレという言葉を使うことで、対象がどういったタイプなのか補完されると思って思って使っていた。けれど、どうやらそうではなく、これは古すぎる表現であり、今はあまり使われなくなってるらしい。そして、ツンデレと言われてもピンと来ないということだ。

私の周りではアニメの話とかするときは出てきても違和感ない単語であったけど、どうやらそういうことらしい。

こういうのは、アニメ見てるだけじゃ分からんのな。アニメとかでは普通に出てくるし。

ここで、ツンデレと言われてもピンと来ないとなれば話は変わってくる。ツンデレと言われてもタイプがイメージ出来ない、何言ってんのこの人は?となると私がこの言葉を使用する意味は無い。

どういうことかというと、それは伝わらないからだ。

先程もいいったとおり、私はツンデレという言葉に特別な興味もなければ愛着もない。ツンデレはツンデレであると言いたいわけでもなく、その言葉を通して、一瞬で何が言いたいのか伝わればいいと思って使っている。というか、誰しもがそうなのだ。

だけど、ツンデレと言われて、冴えない彼女の金髪ツインテールの子やネトゲの嫁の金髪ツインテールの子のような、もしくはそれと似た特徴を持っているキャラクターをイメージ出来ない、イメージされないとなると、これは完全にアウトだ。

ツンデレは今や死語で、使うべきではない言葉ということになる。

しかし、それを違う言葉で代替となると、なかなか大変でもある。

例えば、「私は普段は冷めていて、そっけない態度を異性や好きな男子に向けてとっているけれど、それでも内面はそれだけではなく、特に優しくされたり、何かきっかけがあって心が近づくと、二人きりになった時だけはたまに素直になって甘えてくるような性格の子がいて、私は思うに、普段から素直になったほうが自分にとっても相手にとっても良くない?とそう思うのだけど、しかし、こういった普段恥ずかしくてそっけない醒めた態度しか取れない、けれど、ごく稀に心が近づいる状態で、かつ対象と二人きりになった時には素直になることもあるタイプの子は、素直になりたくてもなれないのだと思うし、それはしかたのないことだとは思うけれど、無理に心を隠して、反対に態度を取る子に対して、私は素直になれないと思うのだ」みたいなそんな話になる。

ツンデレを使えば、人によってはもっと伝わりやすく、そして、伝わりにくい。これがどういう意味なのか説明する。

ツンデレを使えば、上記の文章は例えばこうなる。

「私はツンデレは、普段から素直になったほうが自分にとっても相手にとっても良くない?とそう思うのだけど、しかし、ツンデレは素直になりなくてもなれないのだと思うし、それはしかたのないことだとは思うけれど、無理に心を隠して、反対に態度を取る子に対して、私は素直になれないと思うのだ」

こんな感じだ。

なぜだろう。これを読んで、なぜ、人によってはもっと伝わりやすく、そして、伝わりにくいのだろう。

それは、ツンデレのイメージはそれぞれが持つものだからだ。したがって、言葉にできないイメージがそれぞれに変換される。伝わる人にはむしろ具体的表現よりも抽象的表現のほうが適切だ。

実は抽象的な表現と具体的な表現、どちらのほうが相手に伝わりやすいのかというのは非常に難しい問題。例えば小説などの物語では、むしろ抽象的な表現のほうを好む人も多い。そして、それを文学と呼ぶのかもしれない。

もちろん、抽象的であればそれでいいという問題でもない。程度にもよるし、道具にもよる。この場合、道具というのは例えば単語だ。例えば、全く一般的でない単語、一般人?がイメージ出来ないような単語を使う場合は注意が必要になる。なぜなら、そこには各々が補完することも想像することも、そして最悪相手が言いたいことも全く伝わらない可能性があるのだから。

ここで、私は、抽象的表現のほうを好むが、しかし、全く伝わらない、ピンと来ないというなら話は別だ。

私が抽象的表現のほうを好む理由は、それぞれに補完し、想像し、そして創造して読んで欲しいからだろうと思う。そういった思いは常にある。だから、私は迷った時は抽象的表現のほうを好む傾向にある。様々な解釈が可能であるからだ。そして、その解釈によって私は人を見ることができる。

そもそも私は鏡を好む。ここで、鏡というのは、例えば、私が書いた文章を読んで、各々が自らを写しだして欲しいとそう願っているという感じだ。もちろん、これはあくまで理想であって、常にそう考えて行動しているわけでもないし、言葉を発しているわけでもない。ただ、根本的にはそういった考えが一部ではあると感じている。

なぜなのかと言われると、公開してよい範囲の答えに戸惑うが、やはり「解釈の幅が広ければ広いほど、その人が見えるし、私はそれを見るのが楽しみだ。その楽しみを多くの人に知ってほしい」という思いがあるのかもしれない。

例えば、ツンデレについても、ツンデレの最たる特徴が「素直になれない」ということならば、私自身、ツンデレに対して素直になれない。これは当たり前のことであるように見えるし、当然の帰結であるようにも見える。まあ、この辺りは当然ながら好みの問題でもあると思うけど。

話を戻すが、道具である単語についても、やはりアップデートは必要で、読む人がツンデレ?なんだそれ?となるようならば、その表現方法については、間違いなくアップデートが必要だと考えられるし、そういったものは必要になってくるだろう。


Rewrite



見たので、少しばかり感想。

なんで見たのかというと、パッケージに惹きつけられて。

ちなみに、原作はやってないし、ストーリーも知らない。

感想を一言で述べると「意味が分かりません」でした。こういうアニメはこれからきついんじゃないかなと思った。

不自然なところが多すぎて、多すぎて、それは、物語の本質とは別の所でそう思った。

物語の本質は不自然でも何でも良かった。だって、物語なのだから。でも、彼(主人公)の日常に不自然なところが多すぎた。他人とのやり取り、挙動が物語すぎた。原作ではどうか知らないけれど、アニメではここを工夫して欲しかった。

物語すぎるというのは、物語において決定的な欠陥だ。物語にキャラクターが動かされている感覚。物語の都合によって全てが創られているという印象。そういったものが視聴者が受け入れがたいものにしている気がしてならない。

良いアニメ、良い物語というのは、物語であることを感じさせないものだと私は思っている。

それは自然に受け入れられるようなものでなければならない。

感想はこんなところで。

これからも視聴するかどうかは分からない。


アニメに出てくる女の子が現実的ではない問題



程度は色々あるけれど、私自身、余りに非現実的なアニメはあまり好きになれなかった。

かと言って、気持ち悪いとも思わないけどね。

ただ、現実的な女の子が割と描かれているアニメもあって、今期ではふういんぐうぃっちとか田中くんとかがそうだった気がする。もちろん、理想ではある。理想はいっぱいつめ込まれている。現実的ではない部分もいっぱいあると思う。

つまり、現実の女子中高生はあんな可愛くないというわけだけど。いや、文句を言ってるわけでは全然なくて、事実として。もちろん、これは男子でも同じ。

例えば、とても言いにくいのだけど、現実の女の子はトイレだって行くし、悪口だって言うし、悪態だって付くこともあるだろう。

でも、アニメの中の女の子って、そういうのはあまり見かけない。特に日常系。

これは単に時間の問題、つまり、アニメは時間が限られているので、重要な部分だけを切り取って描かれているという問題があるからかもしれないし、更には女の子の理想を描くために意図的に作られるからなのかもしれない。

でも、これはアニメに限ったことではなく、日常系に限ったことではなく、例えば、ハリウッド映画についても言えることだろう。

スターウォーズやアイアンマン、ドラマ24の主人公や登場人物は現実的だろうか。アクションは現実的だろうか。性格は。経済はどうだろう。アイアンマンの主人公は世界一の金持ちだった気がするし、ジャック・バウアーはハチャメチャだ。

でも、だからといって彼らを叩く人はあまり見かけない。

したがって、要は見せ方の問題な気がする。

これが上手くやれていない場合は、気持ち悪いと思われることも、そりゃあるだろう。

そして、私もどちらかと言うと、これを上手くやれているアニメのほうが好きだったりする。人気が出るのも多分、ある程度の現実味がある女の子たちだと思う。

例えば、けいおんの唯なんて、鼻水垂らしている姿や夏にパジャマで床に寝そべってだらけている姿などが映しだされる。しかし、このキャラを好きな人は多いし、私も好きだ。

そして、現実的な部分がある程度描かれているキャラって、数は少ないけれど、現実でもいたりはする。めちゃくちゃ少ないけれど。

それは主に、性格的な部分の一致だと思う。

例えば、悪口や陰口を言わない女の子は現実にはとても少ない。けれど、全くゼロというわけではない。「そんなんいるわけないじゃん」と考えられる方もいるかもしれない。けれど、それは観測範囲が狭すぎる。自分の周り=世の中というわけではないのだから。

確かに、本質的に性格の良い子はすごく珍しいかもしれない。そういうタイプはめったに見かけないけれど、稀にそういう子も世の中には存在している。

そういう奴には絶対に裏があるって?そりゃあるだろうさ。裏がない人間なんていない。例えば、けいおんの平沢唯だって、裏であくどいことを考えてたりもするし。あみだくじでズルしたりとか。

日常系の功罪があるとすれば、このようにめったに存在しない普通の性格をした女の子を、あたかもどこにでもいるよう描写しているからではないだろうか。

ここで、普通の性格って言ったけど、普通って意外と少ないと私なんかはそう思っている。

それはどうでもいいか。

さて、色々と書いたけど、最後にこの問題の本質でも書いて終わりにします。

この問題の本質は、「なぜ現実からかけ離れている日常系アニメの女の子はダメなのか」という話です。

それは、一つに心が受け入れられないからであり、一つに心が納得出来ないからですね。

私の場合「それじゃあ面白くないから」って答えますが。でも、面白く無いって感じるのも、納得出来ないと感じるのも同じようなことなので。

人って何か考える時、当然ながら手近なところから関連させて考えるんですよ。いや、そこを関連させたらダメだろとかではなく、これは、そこを関連させないと、何も考えられないという非常に深い領域の話をしています。

なにもないところからは、何も出てこない、そういう話です。何かあるから考えられる、その一つが現実からだというそういう話。

なので、頭を空っぽにして見れない人は、「現実から離れている女の子はダメ」と考える傾向にあるようです。

そして、私もどちらかと言うとそうですね。というか、頭を全く空っぽにしてアニメ見ている人なんてそうそういないと思いますね。もしそうなら、その人は死んでいるか、死にかけの状態なのでは?

冗談ですが、まあ、そんな感じで、あくまで程度の問題ですが、普通の人(正常な人)は「現実から離れすぎている女の子は好きになれない」という人が多いでしょう。そして、「気持ち悪い」まで行くと、現実とのリンクが強すぎて頭空っぽにして楽しめない人はこう考えるのだと思います。

あと、異常な人、死にかけの人、精神崩壊を起こしている人、メンヘラな人などは「現実から離れすぎている女の子のほうが好きになれる」という人が多いのかもしれません。

おわり。


百合やBLというジャンル



自分の場合、特にこれらのジャンルが好きというわけじゃなかった。

私は、これらのジャンルが好きな人が書く感想が好きなだけだった。

こういう特殊なジャンルが好きな人が書く感想は読んでいて面白いことが多かった。

なぜだろう。

それは多分、その趣向が一般的じゃなくて、それ故に色々な葛藤が見え隠れするため何じゃないかなと思った。

もちろん、こういうのがない感想もあるけれど、その場合でも、やっぱり好きが伝わってきて、読んでいて面白いものが多いと思った。

でも、そろそろこの感覚も薄れてきて、他の恋愛ジャンルと同じような感覚になってきた気がちょっとだけした。


ゆるい感じのギャグアニメが見たい



京アニの作品が最近面白く無い。最近と言っても結構前からなんだけど、面白くない。

なぜか?

理由は明らかで、ギャグ要素があまりない作品が多かったから。

これも好みの問題なんだけど、私が好きな作品は、けいおん、クラナド、中二病、日常とどれもギャグ要素があったし、割りとたくさんあった。そして、基本、どこかゆるい感じの作品だった。もちろん、最終回とかは感動要素が強いわけだけどね。

けれど、ユーフォニアム、境界、ファントムなどはギャグがあまり感じられなかった。そして、なんか大人っぽくなった作品が多くなった。

私個人の意見だけど、エロは一切入れてほしくないし、ファンサービスも不要だと思ってる。これは、海外ファンの方が的を射た意見が多いので、参考にすれば良いと思うんだけど、今期で言えば、ふういんぐうぃっちが人気だったし、ああいう一切のエロやファンサービスを入れないけれど、評価が高い作品を見習うべき。アニメ業界全般が見習うべきだと思ってる。

もちろん、何を作ろうが自由だ。だから、ファンサービス多彩なアニメもいいと思う。けれど、割合的に全体の10%程度、もしくはそれ以下にして欲しい。

なぜか?

理由は簡単で、「安易なファンサービスは物語の本質とは無関係」だからだ。

私がアニメに求めているのはそれじゃない。

物語を通して、設定される状況を通して、キャラの本質が垣間見えるところが見たいのだと思う。別にキャラが自分の本質を自分語りしてほしいわけでもなければ、ラッキースケベがおこってほしいわけでもない。この辺り、言いたいことが無限に広がるので、これだけでは不十分だと思うけれど、これで言いたいことは伝わったとも思うので、これで終わり。

ゆるいギャグが良いというのは、それが日常だからだ。安心してみていられるし、落ち着けるし、かと言って無意味ではなく、面白い。

こういった日常の掛け合いは、何というか、何度見ても飽きない。

例えば、常にピリピリした、緊張した作品もあっても良いとは思うんだけど、見ていて疲れちゃう。

なので、京アニには、日常ギャグアニメがベストだと思ってるし、私はそれを求めています。

おわり。


軽くショックな出来事



最近、軽くショックな出来事が起こりました。

ポチポチと書いていたメモが実はpushされて無くて、rebaseを直したら消えてしまったという。

直前にスクリプトを修正してたから、それが原因だった。

頑張って書いた時に限って、これだ。ということで、圧倒的長文がすごい短文になってしまった。

まあ、こっちのほうが簡潔でいいんだけどね。

ブログとしてはダメだろうね。


カバネリはなぜ進撃の巨人になれなかったのか



こういう問いが海外でなされていたので、答えます。

一言で言うと「舞台設定」だと思います。

進撃の巨人は西洋風。住んでいる人々や文化、町並み、態度、考え方など。合理的で現代人でも理解しやすいと思われます。

反対にカバネリは戦国時代風で、それは侍社会です。人々や町並みなど。

海外ではあまり侍はクールだと思われていません。クールだと思われているのは忍者です。

何かよく分からない根性や切腹の世界よりも、暗殺に特化した特殊部隊のほうが海外受けは良いようです。私自身、戦国時代風、時代劇のような侍社会は違和感。


いつの間にか見なくなってたアニメ



くまみこ


くまみこ、アニメで視聴し始めて、最初は面白いなー、このままギャグ路線でいってくれないかなーと思ってたけど、3話目くらいから、見なくなってしまった。

どんな感想を書いてたかなというのを探してみたことがあったのでついでに。

https://syui.github.io/middleman/blog/2016/04/26/anime.html

カバネリ


これもいつの間にか見なくなってた。でも1話あたり感想書いてたみたいだ。

https://syui.github.io/middleman/blog/2016/05/04/anime.html


10,20代の初恋キャラ



なんかこういう記事を見かけました。自分の場合はけいおん!の「平沢唯」でした。

5位までに唯はランキングしてなくて、4位くらいに梓がランクインしていました。

分からなくはないけれど、私としては訳が分かりません。

「唯、かわいいのに。なんでみんな唯が好きじゃないだろう...」

ここで、初恋というモノ自体も割と曖昧かもしれません。どこからが恋なのか、など。

私の場合、好きなキャラはたくさんいるのですが、その中で恋と呼べるものは、やっぱり「平沢唯」が最初だったと思います。そして、最後の。

2011,2012くらいからアニメを見始めてるのに(実はけいおん!も放送終了後視聴した)、未だに唯を超えるキャラって出てきてないんです。自分の中で。

ただ、この前見た記事によると初恋はオリジナルと呼ばれて、なんか特別なものらしいです。

まあどうでもいいか。

自分の中で平沢唯を超えるキャラ、これから出てくるんだろうか(汗)


この美




宇佐美さんは主人公だった件


調べてみると、宇佐美さん、ヒロインじゃなくて主人公の一人だったらしいのです。ごめんなさい。

今回は、宇佐美さん、もう一人の主人公、うちまきくんを本当に好きなんかねと思った話。

殴ったり、蹴飛ばしたり、絵壊したり、批判したり。恋してる女の子の行動じゃあないよ、これは。

ギャグとしては普通におもしろいけどね。

というか普通のラブコメよりこっちの方向のほうが私は好きだけどね。

小さい女の子


このアニメに出てくる小さな女の子はみんなかわいいです。基本可愛く描かれています。

何かこの辺にこだわりでもあるのだろか、このアニメは?

関係ないけど個人的な考えを少しだけ。

私は顔を見ただけである程度どういう人なのか分かります。性格から本質から性癖まで、色々と。まあ、顔だけでなく全体の雰囲気から判断してるんだと思うけど、顔も結構当てにしてる気がする。

もちろん、これは美人とかイケメンとかそういうことじゃなくて、優劣をつけるわけでもなくて、単にどういう傾向があるのかなどを判断するだけです。

また、美人やイケメンは良い傾向にあるなどのそんな抽象的な判断ではありません。より具体的に、目の前のこの人は...という形で具体的に出てきます。

もちろん、こういうのは初見だけですけどね。ただ、その後関わっていくうちに「やっぱり」と思うことのほうが多いです(実際はなんとも思わない。あたりまえのことなので)。

こういう判断できる人は多いんじゃないかな。もちろん、単なる思い込みなんですけどね。こういう直感はほとんど当たると感じている人は多いはず。

そして、こういう直感は女性のほうが鋭い傾向にある気がする。

でも読む側としては、女性、特に大人の女性の場合は微妙に読みづらいんですよね。男性と比べると遥かに読みづらいです。

その原因は主に化粧だと思います。化粧です。

化粧している人でよくあるのは「んー、もやもやして見えてこない」という感覚でしょうか。逆にスッピンの場合はその人がよく見えます。

ここで小さい女の子は、基本的に化粧してませんから男性と同様でその人がどういう人かっていうのは割りと読みやすいのです。

なので、私のような人達って、基本、小さい女の子のほうが安心できると思います。どういう人なのか見分けがつきやすい。

あと、例えば整形の場合も同じで読み間違いは増えると思う(これについては無検証)。

だからこそ、私は、アイドルとかは人が見えないためあまり好きくない。

整形の有無もよくわからないし、その上で化粧されてて、さらに表情さえあらかじめ作られているとなると、こういった能力というか、技術を使おうとすら思わないのでした。

あれ、何話してんだろうか...。

とりあえず、小さい女の子は雰囲気で判断できるから好き。

ただ、幼女は必ずかわいいかと言われると、それは、別。

すべての年齢の人に共通して「かわいい人もいれば、可愛くない人もいる」という感じだと思われる。

このアニメは、幼女=かわいいという主張がなんか強いような気がした。おわり。


この美術部には問題がある



非常に良かったと思う。ロボットも変身も軍艦も超能力も出てこなかったのが良かった。

でも一番良かったのはヒロインの子があまり可愛くなかったことだったと思う。

見た目はすごくかわいかった。

けど、性格があまり可愛くなかったのが良かった。

完璧な女の子じゃなかったのが好感持てる。ある程度、現実味があるというか。

もちろん、アニメとしての好感。あと、話が面白ければOK。

キャラとしての好感はまあ...という感じ。

私はツンデレさんがあまり好きでないのです。

でもヒロインがあまりに現実離れしすぎてないのは安心して見れる、そんな感じ。


大きな音と小さな音



昨日、うるさい人の話をしたのだけど、私は、一つに「音」を使い物事を判断することがあります。

ここで、この「音」という能力?機能?指標?基準?について少しばかり紹介します。

と言っても、うるさい人は、果たしてダメなのだろうかという話になりますね。

結論から言えば、ダメじゃないです。そして、うるさい人はそれだけで能力がないということにはなりません。

例えば、世の中を変えたいという場合、大きな音、小さな音のどちらが有効だと思いますか。

基本的には、大きな音、うるさい人のほうが世の中を変えるような場合に有利であり、そして、実際に変えてきました。

世の中を変えるというのは、当然ながら一人では難しく、多くの人達に呼びかけなければなりません。

そして、多くの人に気づいてもらうには、自分の存在をアピールするには、うるさい人、大きな音などが有利です。

ここで、世の中は変わるほうが良いのか、変わらないほうが良いのかというのも内容によります。変わったほうが良い場合もあるし、変わらないほうが良い場合もある。

つまり、うるさい人も世の中には必要だと思います。要は役割の話ですね。

なので、うるさい人がそれだけでダメだというわけでは全く無いのです。

ただ、静かな人のほうが基本能力はあります。

何故かと言うと、例えば、あなたが黙々と何かをこなす場合と喚き散らす場合を考えてみてください。どちらが能力を高められますか。どちらに実質が伴いますか。

答えは、黙って何かをこなす場合のほうが、色々と効果は高いでしょう。

なので、やかましいだけの人というのは、基本、能力がなく、実質が伴わないことも多いです。

なぜなら、やかましくしていることに時間を使っているからですね。

でも、時にやかましくすることも必要です。誰も気づいてくれないことを黙々とやっていてるだけでは意味は無いからです。世の中にとっての意味ですが。どんなに素晴らしい物を作っても、売れなければ意味はありませんよね。そして、売るためには宣伝し、知ってもらうことも大切です。そのためには、時にやかましく宣伝することも必要でしょう。

つまり、これは、何がダメだという話ではなく、役割の話だという事がわかります。

「音」は、その人がどのような役割が適しているかを推し量るために役立ちます。


Re



Re:ゼロ


このアニメは結構評価高いです。でも私は1話で見るのをやめてしまいました。そして、周りから面白いと聞いてもあまり見る気がおこらず。

何故か?

理由は簡単で、主人公がうるさいからです。正直、やかましいです。

私の第一印象としては、主人公はとにかくうるさい人です。うるさい人、私は、あまり好きじゃないです。

デキる人、能力のある人、賢い人、優しい人、すごい人は、基本、うるさくないです。基準としては、体、言葉、心のうるささ、やかましさというものがあります。

大体、体、言葉、心のうるささは、どれも読み取ることができます。

もちろん、心のうるささもある程度分かります。

例えば、心は、体や言葉、遺伝子のうるささなどから推し量ることができます。最終的には経験則と直感が重要ですけど。

この作品の主人公、すっごいうるさいです。やかましいです。心が...。

そして、心のうるささは、体や言葉のうるささに現れます。反対に、体や言葉から心はある程度分かります。あたりまえのことかもしれませんが。

例外があるはずだって?

そりゃありますよ。

全ての物事に例外があります。

でも、例外は少ないです。なので、「例外はある」とか「例外はこうだ」という例外の話ばかりしてもあまり意味は無いです。なので、こんな感じで。

つまり、心がうるさい人は、体や言葉が厳しく、うるさく、やかましいです。穏やかではない、緩やかではない、静かではありません。反対に、体や言葉がうるさい人は、心もうるさい事が多いです。

第一印象から、Re:ゼロの主人公は、うるさい人だなと私は思いました。

うるさい音は、私は、あまり聞きたくないです。

まあ、この物語の主人公は、私に合わなかったというだけの話なんですけどね。

彼はその後、少しは静かになるんだろうか。


2016Q2で面白かったアニメ



今期で言うと、ふういんぐうぃっち、田中くんは最初面白くなかった。

例えば、ふういんぐうぃっちはマンドレイク、春の妖精の話が面白くなかった。面白くないというか、見る気を無くすというか。だって、なんか突拍子がなかったんだもん。

で、初回で見るのをやめてしまったけど、海外のフォーラムやコミュニティで評価が高かったのと、日本人でも見てて面白かったるいう人がいたので、再度見てみた。

結果、最終的にはすごい面白いアニメだった。すごい面白いというと語弊があるかもしれないけれど、何度見ても飽きないというか、そういった面白さのあるアニメだった。

ふういんぐうぃっちと田中くんは2期やってください。(切実

以下、順位。

1 ふういんぐうぃっち

2 田中くんはいつもけだるげ

3 ネトゲの嫁

私はアニメっていうのは作業中流し見するのが通常で、3.0倍速再生が通常で、と少し変わった視聴をする人なので、のんびり日常系が合っているんですよね。

展開が早いアニメとかアクション系だとかは見入ってしまったり、反対に展開を見逃してしまったり。いや、倍速再生は原因ではないです。これが私のデフォルトなので、意識レベルの話ではないです。


ふういんぐうぃっちが面白かった



今期では一番面白かったかも。

EDが良かったのと、動物が可愛かった。

動物は割と好きなんですよね。可愛いからねー。


最近のアニメ(特に萌え系)は意味不明なものが増えた



ストーリーがよく分からない突拍子のないものが多い気がする。

こういうのが好きな人もいるのだろうけど、可愛い女の子に、戦闘とかロボットとか軍艦とかをあまりプラスしないでほしいなあ。

萌えとハーレムと戦いはやっぱ合わないよ。

女の子はかわいいんだけどね。

他のアニメ作品と比べてやっぱり見劣りしてしまう気がする。というか今のアニメ作品って、ちょっと前と比べてレベル高すぎません?

この分野が唯一、海外作品と比べて誇れる分野かもしれない。今はまだ...。

今はまだと言うのは、まずアニメーターさんの扱いを見てるだけでも、今の日本式のままでは必ず追い抜かれると思う。

反対にITは8年くらい遅れていると言われているし、ゲームも海外ゲームは開発レベルが高くて日本はすっかり遅れてしまっている気がする。

これもやっぱり、技術者に対して待遇、給与、自由を与えなかったのが根本的な原因だと思う。人を大事にしなかった。日本で一番大事にされたのは、結局のところ何もできない人達だったと思う。そうでなければこれほどまでの後退はありえない。

しかし、日本のおじいちゃんおばあちゃんとかは日本こそ世界第一位の技術大国だと思っているし、報道とかTVを見てもそう。

これはやめたほうがいいかもね。いや、卑下しろって話では全く無くて、事実を見なければならないという話。

なんというか報道見ていると、歴史の教科書にも載っている「戦争に負けているのに勝っていると言いふらしていた人たち」のことを思い出すよ。

そんな感じのことを思いました。話があらぬ方向に。


無料の恩恵


以前、無料は良くないというような話をしましたが、無料の恩恵っていうのはやっぱり大きいです。

そして、それは誰もが享受することができる恩恵です。

誰もが無料でGoogle検索を使い、フリーアプリを使い、フリーで開発し、無料サービスもいくつか使っているでしょう。他にもアニメだってTV放送されています。

日本でも先駆的で革新的な企業は便利なフリーアプリを提供してくれていたりしますし、いくつか便利なサービスを提供してくれていたりします。

ただ、そういったところって残念ながら日本ではあまり評価されていない気がします。

こういった会社の多くは大企業ではないのですよね。これは日本のユーザーや日本企業、国家、そういった支援する人達の責任でもあると思います。

日本の大企業とは、NTTやみずほ銀行、富士通とかそういった企業のことを言うのですが、彼らのやり方は、国内の革新的な中小企業から見れば、時代遅れだと思われています。

別に彼らを批判したいわけではなく、単なる事実として。割りと誰もが知っている共通認識ぽいですし。

そして、つまるところ私はこれは評価の問題だと考えています。

日本では、上手く評価ができていない。私達ユーザーもそうですし、企業や国が上手く評価ができていないのだと思います。

その点、GoogleやApple, Amazon, Microsoft, GitHubを生み出した海外(アメリカ)なんかはこの評価が上手くできているのではないかなと。

評価に関しては、色々ありますが、一番はやっぱり人ですね。人の扱いや人の評価、そういったものが上手くできていないのでは?

そんな感じのことを思いました。


GitLabCIの速度が改善されている?


GitLab CIの速度が改善されています。

ちょっと前まではかなり低速だったけど、今はすぐにビルド、デプロイしてくれている感じ。

良かった。


国内と国外の違い


少し前に国内と国外の違いみたいな記事が挙がっていました。

読んでいて言いたいことが伝わってないかもなので、ちょっと補足します。

まず、同じ内容、同じPVなら英語で書いたほうが広告収入が増えるかもしれないので、そっちのほうがいいんじゃないかという意見についてです。

これはその通りなのですけど、要は慣習の違いによるところが大きいと思います。私自身、広告なんてクリックしませんし。でも、海外では割りと記事を読んだら広告をクリックする慣習があるらしいですね。

次に、技術者や専門知識を持った人達の扱いについても国内と国外では大きな違いがあります。

国内では専門技術的知識にお金を払わない価値観が根強く、無料が当たり前の文化です。例えば、有料アプリありますよね。国内レビューは...すごいです。とにかくすごい。

反対に国外ではそういうのは少ない印象があります。有料というだけで多数の誹謗中傷が書き込まれるわけでもなければ、攻撃されるわけでもないし、批判されるわけでもない印象があります。でも、本当はこれが普通なんじゃないかという。あくまで国内と比べての話ですが。

基本的に、こういったことは誰でも感じているんじゃないかな。

私は単に、国内と国外、どちらが良いかと言ってるわけでもないです。単なる事実を書いているに過ぎません。そして、そういった事実からどういった未来が導き出されるかの予想ですね。

記事で伝えたいことは、まさにそれです。

私は、日本はダメで、海外は素晴らしいなんて言ってません。それは私が伝えたいことではない。だって、どちらにも良い所、悪いところがあって当たり前ですからね。白黒つけようとしているわけではないのです。

もしくはその逆でどれだけ日本は素晴らしく、日本人はすごいかなどには正直、あまり興味がありません。

私がいいたいのは、何もかもが無料が当たり前で、かつ専門技術を軽視する文化というのは、将来的にある一定の傾向が現れるのではないかと考えています。

例えば、無料が当たり前の文化で稼ごうとしたら、やっぱり違法スレスレのことや他人を騙すことで稼ごうとする人達が出てきて、それが一般化してしまう可能性があります。無料文化では、正当なやり方では稼げません。ガチャや課金、ギャンブル依存や人間心理を突いたとても危ないものが流行するかもしれません。

例えば、広告が単に表示しただけではクリックされないなら、画面いっぱいに広がるものや追尾型などより確実性をました広告が主流になるかもしれません。それでもダメならやはりもっと危険なものに発展していく可能性があります。

例えば、有能な専門技術的知識を持った人の多くは、国内ではあまり正当に評価されないため、ほとんどの人が海外に出て行ってしまうかもしれません。

最近ではみずほ銀行の4000億かけたシステムが破綻(使えない)したというニュースが話題になりました。少し内容を見てみましたが、すごいです。

当該みずほ銀行の案件(事件)を簡単に説明すると、「労働基準法を破り、かつ人権侵害を大多数に対して行い、にも関わらず給与は最低賃金しか給付せず、最終的にシステムは完成せず、すべてが無駄になった」というものです。そして、責任もトップではなく全て一番下の人たちが背負わされたみたいです。ちなみに、4000億を溶かしたという表現がありますが、これは適切ではありません。多くはトップの人達の給与だと思います。

日本で実権を握っていたり、またはみずほ銀行のトップだったりする人達はすごいです。一言で言うと、とてもヤバいです。危険です。これは、国内の有料アプリのレビューと同じくらいのレベルというか、そういった雰囲気をどことなく感じます。

私が思うのは、有能な人は最低賃金では働かないだろうということと、そして、頭の悪いトップが頭の良い専門家に色々と指示したり、管理しようとしたりすると逆にうまくいかないのではないかということです。頭の悪いトップは頭の良い専門家にすべて任せたほうが上手くいくのではないかと私は思います。

日本ではトップというと、すべてを自分の思い通り管理する人という意味ですが、海外では単なる役割に過ぎないと捉えれられていることが印象的です。

海外のトップは、自分よりも賢い人達がどうすれば快適に職務に集中できるかを考え、そういった環境を整えることを仕事とします。また、メンバーのモチベーション維持、いかに信頼して任せるかということを仕事とします。日本のトップとは真逆の考え方です。

どちらがうまくいくかはわかりませんし、状況にもよるでしょう。ただ、個人的には日本式のやり方や幾つかの文化は将来的にやばい方向へ向かうのではないかと思っています。

なので、今のところ、英語ができる人は、英語で書いたほうが良いかもしれないというのが個人的な意見です。


英語でブログを書こうとして挫折した話


新しいブログ(メイン)、下手なりにも技術的な記事に関しては英語で書いていこうかなと思っています。時間がかかりますが、例文を探しながら、書けていければと思っています。

追記 : 英語で書くと決めてから記事を書く気が起きない。やばい。気軽に更新できないというのも大きなデメリットだな。なかなか更新できない。


広告を出すようにした話


私が運営しているサイトでは、メインで使っている最新版は広告なしですが、古くなったサイトとかには広告を載せるようにしています。

まずアクセス数があれなので収益にならないし、また収益になったとしても受け取っていません(いくらかにはなっているものはある)。しかし、アドセンスもとりあえず触っておいて、使える形にはしておきたいので、こんな感じでやっています。全く初めてというのは、アドセンスであれ何であれ、ハードル高いと思うんですよね。色々調べないといけないことも多かったりとか色々。なので、とりあえず触っておく機会を得るためにも、古くなったサイトには広告を使っています。

今回は、bloggerに広告を出すように設定してみた話です。

広告については色々な考えがあるらしいです。けど、国内と国外では捉え方が異なるようで色々試してみたいなーと考えています。

国内と国外の違いについては、例えば、追跡型の広告が鬱陶しいっていう話が出ています。

ここで追跡型、追尾型は誤クリックを狙っているものだと思われます。

そして、この型が流行っているのは日本だけらしい。もしくは国内においてはそういう形の広告が多いらしいですね。

それが何故なのか考えてみると一つだけ思い当たることがあります。

「日本人は広告をクリックしない」

実は海外Webでは、ブログを読むと読者が広告をクリックするという慣習があるらしいです。その理由は「ブログ書くのも時間かかるし、その対価を支払うのは当然」ということらしいのです。だけど、国内では見かけないですね。海外では当たり前のことのようですが。

これは、文章を書いている人に還元するためということのようです。

考えても見るとブログ書くのって時間がかかるし、海外では割りと労働?に対して正当な対価を支払うという価値観が一般なのでそうなのかなと。そういえば、国内と海外ではクリエイターやプログラマーの扱いもぜんぜん違うらしいですね。

反対に、日本ではそういった人達に対して、あまり良い話は聞いたことがありません。軽く見られているというか。

ただ、私は広告貼ったからクリックよろしくと言いたいわけではなく、そんなことをしても無意味だと思っています。

なぜなら、日本と海外では文化や価値観が全然違うからですね。

つまり、日本ではこれから違った形で広告業が展開されていくであろうということです。それは、例えば追尾型だったり、ウィルスだったりともしかしたらユーザーにとってマイナスな方向に行くかもしれません。

私個人は、追尾型広告が嫌いで、本当に鬱陶しく思っています。だから、そんなものは使いたくないですね。だけど、使わないと収益が得られないとなると、違う方法を考えなければなりません。

その一つが海外向けに英語で記事を書くということだと思います。

したがって、Bloggerのほうは英文で記事を書くということがあるかもしれません。せっかく広告を載せてるわけですし。


Bloggerの方、毎日更新されるようにしようかなと思ってる話


ツールとかAPIとかの確認、そして、過去に書いた記事の読み直し修正の機会を確保するために、Bloggerの方でそういった仕組みができないか検討中です。

この仕組ができれば、Bloggerのほうも毎日更新されるようになるので、頑張ろう...かな。


新しいブログのURL


そういえば、新しいブログのURLを載せていませんでした。

https://syui.gitlab.io/blog

このブログの移転という位置づけで、毎日更新されていく予定。

ただ、今後どうなっていくのかは未定です。役割やテーマごとに使い分けるかもしれません。

よろしくです。


新曲を作ってみた


https://github.com/syui/vocaloid/

新曲を作りました。自分で言うのも何ですが出来は良くありません。なぜなら、自分が何度も聞く気が起きないからです。

といっても、ニコニコに上げられているプロが作った曲でも、私が2回以上聞く曲となると100曲中1曲とか、場合によっては500曲中1曲というレベルなので、あまり気にすることでもない気がしますが。

ちなみに、私が自分が作った曲でよく聞いたのは、「虹」と「星」だけですね。結局、あとのは聞かなかったなあ...。


芝を増やしたい



GitHubにあるような芝のことですが、とにかくこれを増やしていければなーというのを思っています。

それに寄与するかもしれないのがブログの自動更新ですね。このブログも連続更新はじめて1年が経ちました。芝が生えてたら、たくさん生えてたよー。(意味不明

ということで、せっかくなので芝を増やしていこうと思います。芝はAPI上で公開し、自動更新の仕組みを作ろうと思ってます。

わー、割りとブログやっててはじめてのモチベーション素材かも。

続けてても「誰も読まない、アクセスない、もちろんコメントもない、反応無い、ブクマない、つぶやかれない」、そんなブログだったので...。

ただ、現在の芝はGitLabのものを使ってるので、サブ・ブログはそちらに移行することにします。

今まで読んでくれてた人、...いるのか分かりませんが、ありがとうございました!

(しばらくストックを消化するため、もうちょっとだけ更新されるよ


新ブログの機能的な不足



新ブログの機能的な不足


前ブログは、割と機能は充実していた気がします。今更ながら。

しかし、それだけに新ブログで対応するのが面倒ですし、それほどの意味があるとは思えません。

しかし、これだと新ブログはダウングレードしてしまうことに...。

特に重要な機能としては、目次とアーカイブ(記事一覧)が無くなったことですね。

あと、JavaScriptを有効にしないとシンタックスハイライトが表示されなくなります。これは直接書き込むことで対応できるので個人的には対応したいです。が、いつになるのか分かりません。

今更ながら思うのは、前ブログ、意外と頑張って作ってたんだなーと。


cal-heatmapの使い方


cal-heatmapというものでGitHubの草を再現できます。


$ brower install cal-heatmap
$ ls */{d3,cal-heatmap}


書き方は大体わかると思います。jsとcssを読み込みます。そして、exampleを参考に設定ですね。私は1日単位のものを使いました。

http://cal-heatmap.com/#examples

コードが載っていると思います。jsonのサンプルは、http://cal-heatmap.com/datas-years.jsonを叩いて取得してください。

dataでurlやpathを記述し、itemSelectordiv要素ですね。

このブログはjsonで書いているため、あまりコードは書きたくないのだけどこんな感じで。


cal.init({
itemSelector: "#example-b",
data: "https://cal-heatmap.com/datas-years.json",
data: "/path/to/datas-years.json",


#example-bの部分はHTMLの指定に従います。サンプルで指定した場合、HTMLはdiv class=example-bですね。その部分に表が置かれます。

あと、そのままではモバイルではみ出すのでoverflow: auto;しておくことですね。

gitlabはこのcal-heatmapを使ってると思われ、date-hrefに参照が書いてあるので、情報はそちらから取得。


$ curl -sL gitlab.com/u/syui/calendar


gitlabのようにtooltipを表示したければオプションを付けます。tooltip: true